日文研創立30周年活動報告

2018.06.15 [創立30周年記念国際シンポジウム・リポート②]「日本研究」と日文研の過去・現在・未来について語り合う(2018年5月20 – 21日)

 前日に引き続き、二日目は「近現代文学」「政治・思想」の二領域でそれぞれ発表とコメントによる応答が行われた後、参加者全員による総合討論で幕を閉じました。
 
 「近現代文学」領域ではまず、王中忱氏(清華大学教授)が「新しい『世界文学』を構築する試み―堀田善衛の『歯車』を中心に―」と題して発表しました。中国の大学において日本文学が「世界文学」の一環として扱われる中、堀田善衛の小説『歯車』を、中国の近代作家茅盾の小説『腐蝕』の続編またはパロディとして戦後中国文学の系譜において読むことにより、西欧中心主義から脱して、多言語性を有する新たな「世界文学」構築の可能性がみえるのではないか、と論じます。
 他方、「『自己本位』の日本文学研究のすすめ」という刺激的なテーマで発表した尹相仁氏(ソウル大学教授)は、かつて英文学にだまされているのではないかと呻吟した末に、「自己本位」という脱植民イデオロギーを標榜した夏目漱石の論点を切り口に、今日の韓国における日本文学の研究は他者本位に陥っているのではないかと問題提起しました。「日本」という共同体の価値観から脱した独自の「自己本位」研究の必要性と可能性について説得力ある持論を展開しました。
 バーバラ・トニ・ハートリー氏(タスマニア大学上級講師)は「オーストラリアの側面から」として、昨今のオーストラリアの日本研究事情を紹介しました。1917年にシドニーで開始された日本研究が、80年代の「日本語教育」導入政策、90年代以降の新自由主義の台頭による人文学研究者のリストラ等、連邦政府のポリシー転換によって様々に影響を受けてきた結果、最近ではオーストラリアの大学から日本の古典文学科目が消えたと言います。しかし、日本研究の熱心な支援者もいる中、今後は「地域研究」から、「日本」概念を国や分野を越えて包括的な視野で捉える「トランスナショナル研究」に変換できれば、新たな存在価値を示せるのではないかと力強く語りました。これに対し、コメンテーターのプラット・アブラハム・ジョージ氏(ジャワハラール・ネリー大学教授)も、「世界中の国々が似たような問題に直面している」と賛意を表し、「日本研究を行うために、完璧な日本語が必要か」とハートリー氏が問いかけた「言語の壁」問題について、インドでも日本語ではなく英語で行えば良いという風潮があると指摘しました。日文研に対しては、「共同研究を世界で指導する仕組みを作ってほしい」と注文をつけました。
 
 「政治・思想」領域では、初めにフレデリック・ディキンソン氏(ペンシルベニア大学教授)が、「日文研と共の歩み:『日本人論』から『日本から見た世界へ』」と題して発表しました。日文研創立から30年の世界における日本の政治・経済的変化と、各時期の「日本研究」で取り上げられたテーマの潮流を子細に分析したうえで、「近代日本史のあるべき姿は、「西洋の上昇」という通説の世界史を覆すパワーを持っていること。21世紀はアジアの時代である」と結び、日本を「グローバル化の歴史」「アジア化の物語」という観点から見ていくべきだと提言しました。
 続いて、台湾の黄自進氏(中央研究院近代史研究所研究員)は、「日本研究グローバル化の試み―日中戦争史の共同研究を中心に」として、2014年から1年間、日文研で主宰した日中戦争史をめぐる共同研究が、その後、台北に拠点を移して3年間の研究プロジェクトとして再開されるまでの経緯を紹介しています。日中両国、また中国と台湾でも異なる歴史認識や研究アプローチに対し、戦争拡大過程の再検証、戦争期における満州国の位置づけの再検討など、新たな研究視座を取り入れることにより相互理解をめざした共同研究の意義を明らかにするとともに、今後の国際的な研究交流の一つのあり方を示しました。
 韓東育氏(東北師範大学教授)は「朱舜水の『拜官不就』と『明徴君』の称号」と題して、2010年からの1年間、日文研に滞在した際の研究テーマだった朱舜水を取り上げ、日本でのフィールドワークを含めた研究調査の成果を披露しました。朱舜水は明の遺臣で、明朝再興を目的に日本やベトナムで貿易活動を繰り広げ、やがて日本に定住します。生涯で12回も朝廷から要職を拝命しながら固辞し続ける一方、「明の徴君」という称号をついに捨てなかった真意とは何か。日本に残る朱舜水ゆかりの史料発掘に熱意を燃やし、水戸光圀や鄭成功などとの国境を越えた交流や思想的広がりをとらえ、結論へと至る過程はスリリングで、強い印象を残しました。
 
 ゲストスピーカーによる発表終了後は、昨年6月に日文研と学術交流協定を締結した北京外国語大学北京日本学研究中心の郭連友主任が、総括の中で「日本研究の成果や研究情報の共有に対する要望が強かったことが印象的で、同感である」と述べ、参加者全員による総合討論で幕を閉じました。
 30年という節目を迎え、世代交代が始まっている日文研の現在は、とくに若手の研究者の目にどのように映っているのか、また、今後の「日本研究」の行方と、日文研の果たすべき役割とは何か。発表者一人ひとりの体験談や研究成果、世界の日本研究事情から浮かび上がった問題意識が専門分野・領域を越えて共有された、実り多い二日間でした。
 
 
(文・白石恵理 総合情報発信室 助教)