研究部からのひとこと

2017.08.02 人文学の危機と石母田正(磯前順一教授)

 人文学の危機が叫ばれて久しい。実際、大学における人文学の地位は、予算配分の減少、あるいは新設の人文学部が皆無に近いことが示しているように、毎年低下している。確かに、学問のグローバル化が進展している現状では、それなりの予算がなければ、理系に比べはるかに低予算な人文学とはいえ、研究活動も容易ではない。そこから、人文学者が不当に政府に抑圧されていると被害意識を持ってしまうのも故なきことではないだろう。

 しかし、こうした予算削減の逆風を抗って、人文学の社会的あるいは実存的な意義を示せていない自分たちの責任も少なくないのではないかと思う。私も関わってきた戦後歴史学、少なくともマルクス主義歴史学では、講壇歴史学と呼ばれた大学制度の外部に、かつては自らの思想的批評性の場を確保しようとしてきたではないか。私の得ているポジションはそうした先人の遺産を制度内に転用したものに過ぎず、自分自身が努力して獲得したものではない。国の予算の不当さを過剰に騒ぎ立てる人文学者の意識には、そうした在野の気概さえみられなくなっているのではないかとつい懐疑的にもなる。

 とはいえ、市井の読者におもねって、ナルシシスティクな日本人論を書いていればいいのだと言いたいわけではない。在野にあるということと、読者に媚びへつらうこととは全く別のことである。もちろん、象牙の塔にこもった一人遊びでもない。政府とも庶民とも緊張関係をはらむ批評性のある学問、自分がどれほど困難な状態に置かれようと、そうした学問に従事する気概をもって、それに相応しい研鑽をしているのだろうかと、まず自分自身の姿勢を問い糾したいのだ。かつて米国による占領下の状況で、「深い危機が意識されておらないところに、危機の本質があります」と言った歴史家、石母田正の言葉を今思い起こす。人文学の危機は、なによりも自らの心の裡にある。

 

磯前順一教授 紹介ページ
http://research.nichibun.ac.jp/ja/researcher/staff/s007/index.html