研究部からのひとこと

2017.09.20 人類史の遺産としての明治日本(瀧井一博教授)

 明治維新150年を国の内外で、明治維新や明治の日本について考える催しが相次いでいる。国際的なかたちでは、アメリカのイェール大学やドイツのハイデルベルク大学などが中心となって、2015年から「明治維新150周年を記念する」プロジェクトが進行中である(https://cloud.lib.wfu.edu/blog/meijirestoration/)。国内でも内閣府に「明治150年」関連施策推進室が設けられ、各種の記念事業が計画されているようである。

 日本と世界を横断するかたちで、明治日本を考える契機が得られれば慶賀すべきことだろう。だが、もしわれわれが、「明治日本よ、もう一度」といった過去の成功神話に対するノスタルジーであの時代を語り始めると、かえって国際的な議論との分断を招く恐れがある。日本では「坂の上の雲」というキャッチフレーズに象徴されるように、がむしゃらに近代化を疾駆した日本人の姿に感動しその再現を期する傾向がある。高度経済成長という別個の国民神話を経た後、空前の非成長社会を迎えた今日では、その郷愁の念はいよいよもって強いかもしれない。

 だが、そのような心持ちで明治と向き合うことによっては、明治に対するよりグローバルな関心とは接合し得ないだろうし、日本の国民社会にとっても、かえって現在の自分たちを取り巻いている問題状況を冷静に観察することに目を閉ざし、この社会の新しい発展のあり方を見誤ることになる可能性がある。150年後に明治を考えることの日本人としての特権は、その歴史的経験をわれわれのものとして、しかしそれでいて過去のものとして俯瞰して評価することができる位置にあることであろう。そのためには研究者たる者には、できるだけ多角的で高みに登った視野が求められる。

 

瀧井一博教授 紹介ページ
http://research.nichibun.ac.jp/ja/researcher/staff/s025/index.html