研究部からのひとこと

2017.11.08 別府とニース、行く河のヴルタヴァ(荒木浩教授)

 最近、風巻景次郎という国文学者が戦前に書いた「風土」論を読み返して、びっくりした。彼がかつて暮らした長野をドイツになぞらえ、古の日本文化の中心地が長野だったらどうなっていたか、という文化論を説き始めたからだ。風巻は「まだ海外を知らぬ」ことへの屈託も示しつつ、旅行で訪れた九州にイタリアや南仏のニースを重ね、別府湾に入る船から、地中海の「ときめき」を嘆じたりする。そして今度は、九州が文化の中心であったら日本文化は…、と熱く語るのだ。(井上章一編『学問をしばるもの』所収拙稿、『リポート笠間』63号所収拙稿参照)

 私は「国際日本文化研究」を標榜する職場に勤めているが、逆に、別府湾に船で入港したことはない。長野では、蕎麦を愛し、あの辛い唐辛子に魅了されるばかりで、ドイツを想ったこともない。ところが6年ほど前、友人達と東欧に旅した時、私がしたことは、「行く河の流れ」の原像を、彼の地の大河に探すことだった。iPhoneなど聴きながら。当時、京都新聞に載せた『方丈記』冒頭に関するエッセイには「名曲を聴きながら、プラハのヴルタヴァやウィーンのドナウ川を思い出す人がいてもいい」などと書いている。ああ恥ずかしい。国文学者のDNAは、左右逆転しただけで、ちっとも変わっていなかった。

 

荒木浩教授 紹介ページ
http://research.nichibun.ac.jp/ja/researcher/staff/s005/index.html